プロローグ

1/1
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/105ページ

プロローグ

夢物語が棚一面に詰まった物音一つしない図書室。 ココに来る生徒は、皆、数ある物語の中から選んだ夢を追い、自らその世界へと彷徨う。 ページが捲れる音も誰かの内緒話も彷徨う彼らには、聞こえていない。 物語に飛び込めない者には、音の全てが、何千と並べられた本と敷かれた毛の長い絨毯によって、吸い取られている感覚に陥る。 そうかと思えば、自分の心臓の高鳴りは、一つも吸い取って貰えない。 こんな皮肉は、小説の中だけにして欲しいと満月(みつき)ここ数日、何度思ったことだろうと、自然と溜まる涙を堪えながら数えた。 今日こそ言おう、今日こそ言いたい。 満月の小さな肝の内に秘めた思いは、日に日に膨れ上がる。 それを考えるだけでムズムズする胸をどうにかしようと、自然と胸の前で訳もなく手遊びを始めてしまう。 近藤(ちかふじ)は、相変わらず自分の前で恥ずかしげに手遊びをする満月を前に、話の切り出し方が分からず頭を抱えたくなった。 今日こそ言いたい。今日こそ言う。 数日前から考えていた言葉を、もう何日飲み込んだのだろうかと、無駄にした時間を数える。 今日こそ言わねば、胸ににためた思いが明日にでも爆発しそうだと、刈り揃えたばかりの坊主頭をシャリシャリと触る。 誰にも知られていない小さくも重たい二人の秘ごとは、声に出されることなく、今日も始業のベルの音に掻き消された。
/105ページ

最初のコメントを投稿しよう!