一章 始まりの一日

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眉尻は下がり、笑顔の強張った満月。 顔には、声をかけられて困ってしまったと、と書かれているのが近藤には読みとれた。 そんな顔をされては近藤も困ってしまう。 話しかけてはいけなかったのだろうか。 どうしようかと悩むも満月の隣まで距離を縮めた。 黙っていては、満月も警戒するだろうと適当に話をふって、和ませようと試みる。 「この時間に帰るの初めて見たけど、丸谷ってなんか部活入ってた? あー、吹奏楽部とかだっけ?」 しかし、ほとんど話したことが無いクラスメートで所属する部活も知らない。 教室での満月を思い出そうとしても印象など、ほとんどなかった。 顔見知り程度では、話す話題などあるわけもなく、口から出たのは愛想笑いと当てずっぽうで言った部活名だった。 近藤は、声をかけたのは自分だが、恐らく満月は名前くらいしか知らないクラスメートに声をかけられ、おっかなびっくりな状態なのだろう。 とって食うつもりも無いのだが、近藤だって特に話があるわけではない。 目の前にいつも見ない時間にいるクラスメートが歩いていたというだけで、物珍しくて声をかけただけだ。 こんなに驚かれたことに近藤も驚いた。 こんな反応をされては、部活終わりの棒になった足で逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。 満月は、視線を足元に落として、自分の靴ばかり見ている。 モジモジとつむじばかり見せてくる満月は、小さく深呼吸をすると、やっと口を開いた。 満月は、開ききらない口内でモゴモゴと音を籠もらすように喋る。 近藤はそれを耳をすまして、聞き逃すまいと授業よりも真剣に聞いた。 「えっと、部活はどこにも入ってないよ。だから帰宅部。放課後、図書室に行って、それからファミレスで本を読んでたら、こんな時間になったの」 満月は、ゆっくりと言葉を選ぶように話をする。 しかし、喋る内に声のボリュームがすぼんでいき、語尾が小さくなっていく。 近藤は、耳を集中させ、か細くなっていく満月の話を最後まで聞いた。
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