一章 始まりの一日

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「いや、うん。また、明日なんだけど」 このまま別れを告げた場合、カルガモの親子よろしく満月を後ろにつけて帰るという姿が近藤には一瞬で想像出来た。 そうなれば、坊主頭でも後ろ髪を引かれる思いをすることが目に見えてる。 それとも、人見知りの満月に気を遣わせ、自分も気を遣い部活ですり減らした神経をさらに酷使するか。 そわなことを一時考えたが、迷うのも疲れてどうでもよくなってきた。 近藤は、思い切って満月に声をかける。 「丸谷も同じ方向だろ? 何も別々に帰ることないだろ。一緒に帰ろう」 言ったは良いものの近藤も女の子と帰るだなんて、滅多にない。 部活のマネージャーに洗濯やら片付けやらを手伝わされたときくらいだ。 部活以外の女の子を誘うことに、とてつもなく照れた。 満月のように俯いて、落ち着かせるために坊主頭の後頭部を触ってシャリシャリと音をたてる。 一方で、人と話すのが苦手な満月は、本当なら近藤が歩き出した時にフェードアウトしたいと思っていた。 近藤がどこまで歩くのか知らない。 駅まで同じかもしれない。 もしかしたら、同じ電車に乗るかもしれない。 そもそも、どこまで一緒に歩けば良いのか分からない。 今まで男の子と話したこともあまりない。 一緒に帰るなんて未知だ。 気まずい雰囲気を作り出してしまいながらも一緒に帰るくらいなら、適当な理由をつけて断りたい。 長ったらしく考えた末、満月は重たい口を開く。 「そ、うだね。おんなじ方向だもんね。私、面白い話とか出来ないけど、それでも良ければ途中までよろしくお願いします」 適当な理由なんて、都合よく思い付かなかった。 満月は、覚悟を決めて、別れを告げた時と同じように行儀よくお辞儀をする。 頭の後ろで一つに結った髪の束が、サラサラと首元で音を鳴らす。 満月には、はっきりとゆっくりと自分の髪が揺れ動く音が聞こえていた。 上手に言えたことを満月は満足している。 二人の間に、沈黙と車が行き交う音しか聞こえなくなると、後悔が膨れ上がる。 最後の一言、気まずくなるだけじゃない。 あぁ、伊佐見君ごめんなさい。
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