一章 始まりの一日

28/28
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/105ページ
竜二は、一人で話を進めて、妄想の花を咲かせている。 満月も妄想癖があるがここまでではないはずだと、自分と比較する。 これでこそ自分の父親だと関心した。 しかし、頭に花を咲かせて蝶が飛んでいても可笑しくない状態だったのは、竜二だけではなかった。 祖母である流花もニコニコとしている。 満月は、そんな勘違いを隠そうともしない二人に、右側の表情筋だけを使って無理に笑ってみせる。 「あら満月! 好きな子がいるの? どうしましょう。お祖母ちゃん、何だって相談にのるわよ!」 竜二の思い込みが、花畑が広がるように伝染していき、母の陽奈子まで話に加わる。 「そう言えば、浮いた話一つもしないわよね。学校に好きな子の一人もいないの?」 満月は、三人の大人に囲まれて生暖かい目を向けられている。 もはや味方は誰もいない。 黙って、打開策を練るもキラキラと子供のような瞳をした大人に囲まれては、何も話す気になどなれない。 皆、休み時間に恋愛話をする女子生徒の眼だ。 居心地が悪くなった満月は、なんでこうなるんだと心の奥底で悪態をつく。 そして、早口で文句を捲し立てた。 「もう! そんな人いるわけ無いでしょ。私、お風呂入って寝るからおやすみ!」 その場から逃げるように出ると、浴室へ走った。 満月が居なくなるとダイニングは、三人の笑い声がする。 スイッチを押して自動でお湯をはり、浴槽に溜まっていくお湯を眺めて冷静になる。 満月は、これからのことを考えていた。 「友達がいないのに野球部の子に話なんて聞けるわけないよ。伊佐見君が野球部だった気がするけど。でも、友達ってわけじゃないもん。聞けないよ」 満月は、溜まっていくお湯を眺めつつも出せない答えを探していた。 数十分後に独特の機械音でお風呂が湧きましたと、アナウンスされるまで。 そうして、満月の慌ただしい一日が過ぎ去った。
/105ページ

最初のコメントを投稿しよう!