二章 変わりたい

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近藤は満月の座っている席に駆け寄る。 スクールバッグを引っ掴んで、走ってくる近藤はアリスが追い掛けた白うさぎにも見える。 少しだけ息の上がった近藤は、満月の向かい側に座ると、直ぐにドリンクバーとフライドポテトを店員に頼んだ。 店員が離れると、近藤は勢いよく頭を下げる。 あまりの勢いの良さにテーブルへ頭を打ち付ける。 ゴンと鈍い音が響き、満月のグラスに入った紅茶の水面が揺れている。 満月は、謝る近藤に大丈夫だと声をかけて、今日、見せると約束した教科の確認し、話をそらす。 こんなところを店中の人達に見られるのは、耐えられない。 店内にクラスメートは居ないものの、制服を着た学生達が多い。 注目の的を浴びるのは、満月には待たされることよりも嫌だった。 「今日は、数学のノートだったよね」 満月は、丁寧にまとめてあるノートを開いて近藤が見易い位置に置く。 近藤は、お礼を言うと、さっそく満月のノートを真剣に写し始める。 カリカリと近藤がペンを走らせる音をたてる。 満月は、近藤の真剣な表情から、質問がないことを察して、自分もテスト勉強を始めた。 しばらく、沈黙が続きペンを走らせる音だけが二人の間で会話の代わりに交わされる。 遠くの席で、お喋りに花が咲く女子高生や分からないと頭を抱えて叫ぶ男子高生。 周りの喧騒も満月にとっては、心地よく集中力が高まる。 時間の経過も忘れてしまう。 「相変わらず、見易いノートだよな」 いつの間にか写し終えていた近藤がポツリと呟く。 満月のノートを最初のページからパラパラと眺めている。 満月もキリの良いところで、テスト勉強を中断して、近藤の言葉に素直に顔を赤らめる。 ノートをとるのは、常に自分に自信の無い満月にとって、誇れるささやかな特技なのだ。 満月は、自分の過剰評価でない事に小さく喜ぶ。 照れ隠しにぬるくなったココアを飲み干した。 「そういえばさ、現国の都(みやこ)先生が夏目漱石の名前の話してたの面白かったよな」 近藤が言っているのは、今日の授業内容のことだった。 満月もよく覚えている。 「漱石枕流の故事の話だったよね? 確か、中国の孫楚という人が枕石漱流の並びを間違えて、咄嗟に言い訳をしたことから始まった意味だったよね。漱石は自分のことを頑固な変わり者と思ってたから付けたって」 夏目漱石の小説は、満月も近藤も授業以外でも読んだことがある。 二人の間でも授業内容以外の話で盛り上がることがあった。 特に、夏目漱石の吾輩は猫であるは、結末は衝撃的なものの、だからこそ何度も読みたくなる癖になる作品だ。 満月は、何度も読んだ本の著者の話は身近に感じて、話を夢中で聞いていた。 「テストに出すかもって、先生が言ってたと思うんだけど」 いつものことだが満月は、自信なさげに言う。 実は、自信がないのはテストに出るか分からないということだけだ。 満月は、都先生がテストに出すかもしれないと言ったことをハッキリと覚えいる。 執筆の役にたつかもしれないと、先生の言ったことをメモをしていた。 先生が話し終えると、テストに出すかもしれないと言うものだから、ラッキーが爽快でまだ覚えていた。 当然、執筆のことは誰にも言えないのだが……。
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