二章 変わりたい

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満月という名前ほど、自分は立派に輝いていけるのだろうか? 満月がいつも抱えている悩みだ。 完璧なまでに丸く、綺麗に夜空を輝き人々を魅了する。 正直、大それた名前をつけらてしまったという思いの方が満月には強かった。 目線も自然と下がり、所在無さげにストローの入っていた紙袋のシワを伸ばしだす。 「名前負けしてる気がするんだよね。何をしても。自信が持てないの。きっと進路が決められないのも、そのせいなのかな」 満月は、小さく溜め息をつく。 自分で言ったことだが、進路という言葉が重くのしかかる。 したい事も、やっていることも、誰にも言えない。 これでは、進路を決めるどころか、周りに相談すらできない。 これが物語の中なら、次々に現れる不思議な動物や個性的なキャラクターのお陰で、話が進んでいく。しかし、現実世界では自分の力で乗り越えなければならない。 レースを止めてくれるドードー鳥はいないのだ。満月は頭をもたげるしかなかった。 俯いて見えない満月の表情でも近藤には、眉尻が垂れ下がっていることくらい分かる。 近藤は、日頃自分が抱えている葛藤を満月に打ち明けてみせる。 「丸谷の気持ち、俺も分かる。丸谷とは、ちょっと違うけどさ。周りが求める俺と本当の俺は違うって思う時がある」 人前で明るく振る舞う近藤。 だけど、本を読んで心静かに過ごす方が自分には、合っているとどこかで思っている。 他人に嫌われないように、人に望まれるように振る舞っている。 時々自分のことをそんな風に考える事があるのだと近藤は言う。 近藤は、言い終えるといつものようにニカッと満面の笑顔に戻った。 テーブルに水溜りを作っているメロンソーダの入ったコップを持ち上げ、ゴクゴクと飲み干し、いつまでも頭をもたげる満月にもう一度笑いかけた。 「さぁ、もう帰ろうぜ!」 満月には、近藤のいつもの笑顔がぎこちなく見えた。 帰り道では、二人とも黙って歩く。 その心中は、皮肉にも同じことを考えていた。 『小説のこと話すれば良かった』 言うなら今、言うなら今日だと思いながらも口にすることはお互いにない。
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