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山名の困ったような声に、恐る恐る顔をあげた。途端に向かい合った山名がアオイの視界を占める。アオイは再び立膝に顔を埋めた。おい、どうしたんだと、山名が気遣うように動いた気配がした。
「すみません! 服……着てください……!」
やっとのことで、半ばやけくそに叫ぶ。わずかな間が空いたあと、山名の笑い声が響いた。悪い悪いと軽く言いながら、立ち上がった足音が隣室へ向かう。足音はすぐに戻り、もういいぞとアオイの頭を叩いた。
部屋着の見慣れたジャージが、膝の隙間から見えた。
「便所行ってこい」
ほっとしたのも束の間、軽い調子は雑談のようだが、その内容は抜いてすっきりしてこいという意味だ。アオイは顔が一気に熱くなるのを自覚した。小さく首を横に振る。
「しかし、そのままじゃキツイだろうが」
「大丈夫」
「俺は気にしねぇぞ」
山名の気遣いに気がつきながらも、どうすることもできなかった。素直に席を外しておけばよかったと、今さら気づいたもののすでに遅い。理由を答えるだけの勇気もなく、アオイはなんとか話題を逸らそうと試みた。
「気持ち悪くないんですか……?」
男から、同性から性的視線を向けられたことについて尋ねる。頼る相手が山名しかいない状態で、気味悪がられ放り出されることは恐怖でしかなかった。そんなアオイに合点がいったのか、山名はああと口を開き、にやりと口角をあげてみせた。
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