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猫が後ろ足でちょん、と立ち、エプロンをつけている。
そして
「喋った……? 猫?」
佳世は、キョロキョロと周囲を見渡す。
が、自分と猫以外に誰もいないようだ。
「どうしたんにゃ? お客さん、本を探しに来たんじゃないのかにゃ?」
「えっ? ええ、ええと、まあ、そうです……けど……」
佳世は猫と視線を合わせるようにしゃがむと、猫の頭やら顔やら腕やらをなで回す。
手触りは本物の茶虎猫の毛だ。ぬいぐるみで高性能な動く人形じゃない。
「お、お客さん……、ワシ、猫だからあまり撫で回されると気持ちよくなってゴロゴロしてしまうので止めてほしいにゃ。仕事にならなくなるのにぇ?」
「――や! やっぱり本物……!?」
佳世は腰を抜かして、その場にへたりこんでしまった。
本当に恐怖でビックリすると、声が出なくなると言うのは本当らしい。
喉がひきつって、悲鳴が上げられなかった。
「そんなに驚くことかいな。だいたいお嬢ちゃんは、この書店にしかない本をお求めにここに入ったんにゃ」
「……へっ?」
「ワシの経営している『月猫書堂』は、普通では手に入らない、その人が求めている、その人だけのための本を売ってるにゃ」
「あ……、参考書?」
「参考書だにゃ?――あ、ちょっと待ってて。注文書のお客さんが来たのにゃ」
カラカラ、と引き戸の軽い音がして佳世も猫の店主とともにそちらに視線を向ける。
「……誰も来ないけど」
でも、引き戸は開いた。
その事実に佳世は鳥肌が立った。
(ゆ、幽霊……?)
こんな時間に、二本足で立ち、喋る猫がやっている書店だ。
客だって人間じゃない方の可能性が高い。
「そこにいるにゃ。踏んだら駄目ー」
「えっ?」
猫店主が爪をシャキーンと立て、床を差す。
佳世が目を凝らしてよーく見てみると、黒い小さな物体が猫店主を見上げていた。
「蟻……」
佳世の呟きに猫店主は答えることなく、蟻に声をかける。
「○◇*‡」
「お待ちしてました。ご注文の本を持ってくるのにゃ」
「∇◎□<」
(本……蟻が、本……)
「はい。『アリアリゾロゾロ三巻』ご注文の絵本だにゃ」
猫店主は小さな、米粒ほどしかない本を蟻に渡す。
「△※◎☆♪」
「きっと幼蟻達は大喜びだにゃ」
「▽○※□」
「まいどありー」
佳世は目の前で起きている事実に呆然とするばかり。
猫店主と蟻の様子を、ただぼんやりと眺めていた。
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