月猫書堂

4/12
16人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
 蟻が意気揚々と帰っていく。  いくら軽くたってあの大きさでは到底閉められないだろう引き戸も、易々と閉めて。 「これは……夢?」  佳世は思い切って、自分の頬を抓って捻る。 「いっっったぁああい!……夢じゃない……」  痛がっている佳世を見て猫店主は顔をくしゃくしゃにしながら「ふひゃひゃひゃひゃ」と変な笑いを出した。 「そんなに笑わなくたって……! こんな状況見たら誰だって自分の神経疑うよ!」  顔を真っ赤にして抗議する佳世に「まあまあ」と猫店主は前腕をひらひらさせ落ち着くように促す。 「佳世ちゃんの参考書を持ってくるから、ちょっと待つにゃ」 と、また猫店主は奥へ引っ込んでしまった。 (変な猫……)  いや、変なのは猫だけじゃない。  ここへ絵本を取りに来た蟻だっておかしい。  それに――佳世は今更気づく。 (私、猫に名前、教えてないよね……?)  どこかで自己紹介した? いや、してないと首を振る。 「はい。佳世ちゃんのご希望の参考書にゃ」  猫店主は分厚い参考書を両手に持ち、とことこと佳世に近づく。 「あの、私……名前なんて言いました?」 「言ってなくても分るんにゃ。お空の高いところから注文がくるから」  猫店主の言葉に佳世はますます分からなくなり「?」と首を捻りながら参考書を受け取り、そして驚愕した。 「ちょっと! 私が欲しいのは英語の参考書!『伊藤翔太と恋人になろう!』って何! これ!」 「違う? にゃあ、こっち?」 「『伊藤翔太を夢中にさせるためには?』――これも違います! 私が欲しいのは英語の参考書!」  猫店主はフー、と溜め息をつきつつ佳世に告げる。 「ここは、そんなありふれた本は売ってないにゃ」 「古本屋だから?」 「違う」と猫店主は首をふりつつ説明してくれた。 「心の底から本当に願うものの為の本屋なんにょ」
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!