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適当なもので夕飯を済ませる。一人の食事というのは味気ない上、すぐに終わってしまうものだ。誰かと共有する温もりを知っている場合は、特に。
台所で食器類を洗っていると、玄関で物音がした。はっと顔を上げ、手を拭いて急ぎそちらへ向かう。
玄関にはやはり、彼がいた。
「剛実。今、帰った」
「一弥さま? 随分とお早いお帰りで……」
こちらの途惑いをよそに一弥は、ほほ笑みながら革靴を脱いで三和土を上がり「泊まらないかとも言われたが、帰りたくなったから帰ってきたんだ」と説明する。
目の前にいる彼の姿に、ほっと気持ちがほどける。今夜は帰らないと思っていたから、なおさらだった。剛実は心を込めて、言った。
「お帰りなさいませ」
「ああ、ただいま」
うっかり言うのを忘れていたよ、と一弥ははにかむ。剛実もまた口許を緩めながら上着を受け取り「ご夕食は」「済ませてきた」と短くも親密なやり取りを交わす。それだけでも、心の一隅がゆっくりと温まっていく気がした。
「いかがでしたか、同窓会は……」
「剛実」
と、一弥が手鞄から小さな細長い袋を取り出した。線香花火だった。意外なものを眼前に掲げられて途惑っていると、彼はいたずらっぽくほほ笑む。
「横浜駅前に露天商がいたんだ。季節につられて買ってしまった。なあ、剛実、二人でやらないか」
童心に還ったかのような誘いに、素直に心がくすぐられた。剛実はもちろんです、とうなずきながらも、額にしっとりと汗を浮かせた一弥を気遣う。
「一弥さま。その前に湯をお使いになったらいかがですか」
よほど急いで帰ってきたらしい。それはもしかして二人で過ごすためなのだろうかと、剛実はひそかに胸を熱くさせた。
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