番外編 花のようなひと

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 もちろんそれは、日々のたゆまぬ努力あってのことだったが。  剛実はもちろん、そのさまを従僕としてつぶさに見つめていた。神童とも賞されるほど秀でた才を見せる一弥だったが、その陰では涙に暮れ、歯を食いしばって鍛錬に励む姿があった。そういう部分を察していた者は、おそらく多くはいまい。  通っている尋常小学校の同級生の中には、剛実が華族家に奉公していることを聞きつけ、「華族さまなんてのはどうせ、いい着物を着て、毎日美味いものを食って、苦労もせず贅沢三昧で暮らしているんだろう」などと偏見に満ちたからかいをぶつけてくることがあった。だが、とんでもないことだと、剛実はそのたびに憤慨していた。  もちろん、平民など歯牙にもかけず放蕩を繰り返す華族たちがいることは知っている。しかし玖珂家は、その身分をことさらにひけらかすわけでもなく、むしろ清廉といってもいいほど慎ましい暮らしを徹底していた。加えて、当主が常に提唱する「高貴なる者は、弱者に対して施しを与える義務を持つ」という考え方のとおり、孤児院への寄付や援助、奉公しながら学業に励みたい書生たちの受け入れなど、育英事業にも代々力を注いできている。一弥もまたその言葉を信念とし、自らに与えられた恵みが持ち腐れにならぬよう、また、玖珂家のさらなる発展を目指し、日々真摯に勉学に取り組んでいた。  そんな一弥の小さな背中を見守りながら剛実は、自分より年少である少年がここまで文武に身を尽くせるものかと、己の主君ながら驚嘆する思いを抱いていた。そんな彼のそばにいることで身も引き締まったし、畏敬の念がよりいっそうの忠義にも繋がった。 「一弥さま、少し休憩されてはいかがですか」 「……うん、でも、もう少し」  毎日の勉強の合間、剛実は邪魔にならぬよう慎重に機会を見計らって、途切れなく机に向かい続けている一弥に声をかける。学習院の初等科に進んでからは、よりいっそう勉学に力を入れているようだ。 「一時間前からそうおっしゃっていますよ。ささ、お紅茶を召し上がってください。今日のおやつは、一弥さまの好きな英国のビスケットですよ」 「……うん、そうだな」  一弥が振り向き、うーんと伸びをする。そしていたずらっぽい顔で、
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