番外編 花のようなひと

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「――――ッ、……! ……」  手の中で白濁がしぶいた。どくりどくりと放出される淫液が、指を汚してしたたり落ちていく。 「はー、……はー、……」  出すものを出してしまうと、一気に落ち込みがきた。脳裏で繰り広げた狂宴がそのまま後ろめたさに結びつき、剛実はがっくりと頭を垂れる。  まだ小さかった軽井沢のあの夏、不注意から主に怪我をさせて鞭打たれた痛みを忘れたわけではないし、その時ぶつけられた当主の言も、今なお心臓に深く刻みついている。  ――主君と家臣であるという身の上を、何と心得ておる。  主君と家臣、主人と下僕、華族と平民……厳然たる身分の差が、性別とも相まって剛実の目の前に立ちはだかる。生まれからして異なる二人の隔たりは、生涯埋まることはない。  だからあのひととは、夜を共にすることはおろか、想いを伝えることすら叶わないのだ。主はいつか許嫁を妻とし、当主として大勢の子を成し、玖珂伯爵家を盛り立ててゆかねばならないのだから。  重いため息がこぼれた。だがそれでもいいと、剛実は片想いで痛む胸を押さえて思う。  自身に課せられた使命をまっとうしようと懸命になっている主に付き従えるだけでも、自分のような従僕にとっては望外の喜びだ。彼は自分に信頼を寄せ、身分以上にこの身を引き立ててくれる。それ以上のものを望むのは、不遜でおこがましいことだ。  剛実はそう自分に言い聞かせ、叶わぬ想いを封じ込めようとする。それは抑えつければ抑えつけるほど膨らんでゆくものだとは、重々承知していても――  持ち重りのする感情を抱えてそして、数年の時が過ぎていった。  一弥が十四歳、剛実が十六歳のことだった。ある日、一弥が所用で従兄弟の邸を訪ねる際、多少の手荷物があったので、剛実がそれを抱えて付き添うことになった。一弥も「剛実が一緒ならありがたいのだが」と申し出てくれたことであるし。
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