番外編 花のようなひと

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 七歳くらいの頃だったか、剛実が、珍しく風邪を引いて寝込んだことがあった。一弥にうつってはことなので使用人長屋の煎餅布団にぽつんと寝かされていると、何と、当の一弥が自ら様子伺いに赴いてくれたのだった。  ――剛実。これは見舞いだ。  その時差し入れてくれたのが、四つ葉のクローバーだった。剛実は額の氷嚢を押しのけ、主君がその小さな指に捧げ持ったものに手を伸ばした。  それを持っていると幸運がくるという言い伝えが西洋にはあるのだと、いつか一弥が教えてくれたことがあった。もちろん日本でも、女学生たちが恋が叶うといってお守りにしていると聞いた。  膝を抱えた傍らの一弥は、自嘲気味につぶやいた。 「忘れてしまったろうな。もう十年近く前のことだから」 「そんな、よく覚えていますよ。驚きましたが、とても嬉しかったので」  当時の弾けるような気持ちがありありと思い起こされた。一弥は「そうか」とはにかみ、懐かしげに語り聞かせる。 「誰だったか女中に付き添ってもらって、近所の土手まで探しに行ったんだ。女中も手伝ってくれたが、何としても僕が見つけたかった。その甲斐あって、夕暮れ時になって、やっと一本だけ見つけることができたんだ」  四つ葉は珍しいものだと聞いていたから、それを貰った時は感激した。自ら探してくれたという主の心ばえにも胸打たれ、当時何度も礼を言ったはずだ。一弥からは、早く元気になることで礼を返して欲しいものだ、と言われたから、厚着をして汗を出すことに努めたし、苦い薬でも我慢して飲んだ。  そう、あの頃は純粋に、一弥への情を隠すものではなかった。主従として友として、互いに一途な思いを捧げ合っていた。 「何を見舞いにしようか、かなり悩んだ。剛実のことだから、きっと高価なものは受け取ってくれないだろうと思って。手紙を書こうかとも考えたが、病床で読むのは大儀だろうし、……」  今綴られる主の思いに、剛実はしかと耳を傾ける。 「それに、いざ筆を取ると上手く書けなかったんだ。伝えたいことはたくさんあるのに、気持ちが溢れて、言葉が追いつかなくなってしまって……」
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