番外編 花のようなひと

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 それを示すように胸許に当てられた優美な手を、剛実は言葉もなく凝視する。己の献身について主がどう思っているのか、彼の口から聞いたのは初めてだった。 「こんな気持ちにさせてくれる相手は、剛実一人だけだ。だから、願わくばお前も……」  ふと口を切り、一弥がまぶたを伏せた。だがそれは一瞬で、彼は、強い感情を宿した目をこちらに向け直してくる。  熱っぽく潤んだ一弥の瞳。そこから迸るものを受け、剛実は息を飲んだ。目がそらせない。彼の瞳の奥から、切々と溢れ出てくるものがある。 「同じことを同じ分だけ思ってくれていると、いい……」  ほとんど物理的な痛みを伴う感情が、胸を貫いていった。熱い。すでに火の手を上げていたものが、さらなる油を注がれて燃え盛っていく。  ぐっと昂ぶる感情が、両者の間で弾けそうになった時、 「……そろそろ行こう」  一弥が顔をそらし、立ち上がった。剛実もまた、ぎりぎりで喉奥に押し込めた想いを抱えたまま、裾を払って腰を上げる。  言葉を殺し、土手へと向かう。剛実はいつもそうしているように一歩先んじ、斜めの草地を大股で上がった。 「一弥さま」  そして振り返り、相手に向かって手を差し伸べた。ほとんど無意識だった行為のあとで、己が何をしたのか気づく。  一刹那、視線が交錯する。一弥は意志を込めた瞳でこちらを真っ直ぐに見つめ、差し出された手をしっかと握った。先ほどのやり取りに強く念を押すかのように。  熱い手のひらだった。土手の上に上がり、胸に渦巻く気持ちとは裏腹にどちらからともなくそれをほどく。名残の熱にしては熱すぎるものだけが、互いの指先に残った。  一弥は傍らで小さくうつむき、さりげなく、剛実が触れた手をそっとさすっていた。それを見た剛実の胸が、ぢり、と灼けつく。色ごとに長けている方ではないが、表情や仕草から、それらが意味するところは雄弁に読み取れた。自分だけの勘違いではあるまい。 (……何てことだ)  絶望にも等しい気持ちで、剛実は呻いた。本来ならばたまらなく嬉しいことであるのに、それとは間逆の憂いがぐらぐらと込み上げてくる。
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