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想いは、二人とも同じだった。
だがそれは、身分や立場を考えれば、生涯表に出すべきではないのだ。
「……向こうの角で俥を拾いましょう」
「……ああ、そうだな」
よそよそしい会話だけを交わし、土手の長い道を歩いていく。成就と失望、感情の触れ幅が両極端にすぎて、胸中は千々に乱れた。
心で通じ合ってはいても、これは決して叶わぬ想いだ。しかし捨て去ることなどできない。だから、互いに胸の奥へ秘するしかない――
皮肉なことに、これで主従の心の位置はさらに強固になってしまったようだ。気づいているが、気づかないふりをする。今の距離を保ちたいなら、互いにそうし続けるしかない。
土手の道はまだ続いていた。この二人きりの時間が苦しいものになるとは、数分前までは思いもしなかったのに。
恐ろしいほど大きな落日が、辺りを暮色に染め上げていた。並んだ長い影が近づいては離れ、斜めに長く尾を引きずり続けていた。
そんな、身動きの取れない想いを抱えてさらに数年、剛実が二十一歳、一弥が十九歳のことだった。
昨年、昭和十六年の十二月に太平洋戦争が開戦して以来、世相には重々しい色が立ちこめていた。十八歳以上の男は順々に兵隊に取られ、そのまま生きて帰らぬ者たちも増えてきていたからだ。
玖珂家の使用人長屋には小野親子の部屋もあったが、剛実は母キクとは住まず、別棟になっている書生部屋の端で寝起きしていた。書生たちから勉強を教わるためだ。高等小学校より上に進学することは叶わなかったものの、彼らが使った教科書を繙き、一弥と少しでも釣り合うようにと日々の自学を欠かさないでいたのだ。
しかし今日ばかりは、何をする気にもなれない。
夜、文机の前に黙して座っていると、仲良くしている書生の一人がそっと近づいてくる。
「剛実、話は聞いたぞ。その……あまり思い詰めるなよ。こういうことは、早いか遅いかの違いだからな」
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