1.視線

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最後の一人を見送って、今日一日の業務が終わる。 私が働いているのは小さな喫茶店。店のオススメは特製デミグラスソースのオムライス。頑張った日にはマスターが時々賄いとして食べさせてくれる。 ちなみに従業員は五人。マスターと奥さん、バイトが二人で社員として働いているのは私だけだ。 「みんなお疲れ様、今日はたくさんお客が来ていたし疲れただろう。だから今日は・・・」 「オムライス!」 「ですね!」 「やったー!!」 一日20食限定の特製オムライスを作れるのがマスター一人だけ、とあって私も含めてみんなこのテンションだ。 「明日は店も休みだ、ゆっくり食べていきなさいね」 「はあい」 奥さんに座って待っていて、といわれて三人揃ってカウンターに並んで座る。 「ななっち明日学校?」 「私は休みー!啓は?」 「俺も休み・・・ってことでさ」 学生でバイト組みである二人の会話をなんとなく聞きながらオムライスを待っていると、啓が何かを提案しようとしているようだが言いづらいのかパーマのかかった茶髪を混ぜるようにガシガシと頭をかいている。 「俺の家泊まりにこない?」 「行かないね」 「即答!ちょっと悩むとかさあ!」 「なんで彼氏でもない男の家にわざわざ泊まりにいかなきゃいけないのよ」 「ぐ・・・雨音ー!!ななっちが酷い!」 「七海相手にナンパは無理無理」 「ナンパじゃない!!なんで俺がななっちナンパしなきゃいけな・・・ひっ」 専門学生でバイトの一人、藍瀬七海(あいせななみ)を唐突にお泊りに誘ったのは大学生でバイトをしている関谷啓(せきやあきら)だ。 勢いに任せて飛び出た失言でぎろりと七海に睨まれて私のほうに逃げてきた。二人と私は同い年であるので話すときはいつもこんな調子だ。 しかしナンパでないなら一体なんだ、と首をかしげているとやはりなんだか言いにくい様子でいる。 「どうしたのさ、啓。彼女と喧嘩でもしたなら男友達誘いなよ。でないと余計に悪化するよ」 「いや、彼女いないし・・・。ほら、半年前に引越ししたって言ったろ?」 「ああ、言ってたね」 啓は大学二年生で一年生の頃は友達とルームシェアしていたそうだ。友達が彼女と同棲することになったので啓は年明けから一人暮らしをはじめている。引っ越したと聞いたのはたしか一ヶ月前でさほど日も経っていない。
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