世界のおわり

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 そのとき、直人を襲ったのは恐怖だった。  いまはいい。直人を好きだと言ってくれる俊二の気持ちは、決して嘘ではないだろう。でも、それはいつまで……? 一週間後は……? 一年後は……? いつか俊二の気持ちが変わってしまったら……?  怖い……。  直人は胸の前でぎゅっとこぶしを握りしめた。  俊二は直人の答えをじっと待っている。  もし、直人が無理だと告げたなら、俊二は直人の気持ちを尊重してくれるだろう。答えを受け入れ、もう二度と姿を現すこともない。いつか、直人のことは過去のものとして、俊二の中では思い出のひとつになる……。  ーー嫌だ……!  それまで凍り付いていた氷が一気に溶けるように、それは止めどない奔流となって直人の胸からあふれ出た。 「……だ。嫌だ。嫌だ……」  涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。 「……直人?」  なりふり構わず、ただ子どものように頬を濡らす直人を、俊二がどうしていいかわからないといった顔で、おろおろと見ている。直人に向かって伸ばされた手が、やがて躊躇するように下ろされた。  ーーお願い、待って……!  直人は焦った。  すぐに泣きやむから。ちゃんと答えるから。だから、行かないで……。  けれど一度切った堰はそう簡単にはおさまらず、直人はただ嗚咽をもらすことしかできない。  そのとき、ふっと世界から音が消えたーー。  震える直人の肩を、俊二がそっと抱き寄せる。それは、傷ついた心を慰めるように、直人の奥深くにまで浸透し、あたたかなもので満たした。  信じるのは怖い。けれど、勇気を出してみれば、何かが変わるのだろうか……。  直人は、すんと洟をすすった。慣れない猫が甘えてすりと身をすり寄せるように、俊二の胸に身体を預ける。  心地よい温もりに包まれて、直人はあの日、世界が終わらなかったことを知る。 END
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