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その日、ママはいつものようにパパには片面を焼いた目玉焼きふたつと、あたしと妹のまいには両面をひとつ焼いて、自分用にはスクランブルエッグを作ると、
「ああ、朝は本当に忙しいわ」
と呟いた。
あたしがミルクを飲みながらこっそりパパを盗み見ると(コップの柄は、クマのプーさんとクリストファーロビンで、いとこの容子ようこちゃんからのお土産だ。本当はあたしもディズニーランドに連れていってもらう約束をしてるんだけど、パパの仕事が忙しくて、その約束は果たされてはいない)、パパはやっぱりママの話を聞いていなくて、ときどき新聞からにゅっと伸びた手がトーストをつかんでいた。
「あなた、きょうのお夕飯はいつもどおりでいいんですか?」
ママは朝、あまり物が食べられない。「低血圧」というやつだ。けれど、家族はそろってご飯を食べなきゃいけないんだってがんばっている。ママはさっきからちっとも減っていないスクランブルエッグを、持て余したようにフォークで引っ掻いていた。
パパは一瞬だけ新聞から顔を上げると、
「ああ」
と答えて、またすぐに見えなくなってしまった。
あたしは息をひそめてそっとフォークの先で目玉焼きの目玉の部分に薄く張った白い膜を剥がしにかかった。勢いあまって黄身を潰してしまったら失敗、うまく膜を黄身から引き剥がせたら成功だ。これは一度も赤信号に引っかからずに目的地まで辿りつけたら、その日一日は幸せなことがあるのと同じくらい、あたしの中では信憑性の高いジンクスになっている。きょうは成功だった。ちょっとだけいい気分になって、黄身の真ん中にお醤油をたらすと、フォークの先で引っ掻くようにかき混ぜた。
「ごちそうさま」
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