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百日紅の花びらが、はらはらと風に舞い落ちる。濃いピンク色をした花びらはビニールプールの中にまで落ちてきて、ふわふわと水に漂った。
あたしはビニールプールの縁に頭の後ろを乗せた。目を閉じると、瞼の裏側に木漏れ日がちらちらと揺れて見える。
ビニールプールからこぼれた水は、容子ちゃんの家の庭に大きな水たまりをつくった。その中で、一匹の蟻が溺れるようにじたばたとしていた。
あたしはプールの縁から伸ばした両手を泥の底に沈めながら、ひんやりとした感触を楽しんだ。
「汚いよ」
お気に入りのリカちゃん人形を水に沈めて遊んでいた容子ちゃんが言った。あたしは容子ちゃんを振り返った。
「冷たくて気持ちがいいよ」
あたしが泥だらけの手を差し出すと、容子ちゃんは両手でプールの水をすくうようにして、泥を洗い流してくれた。
「あのね、秘密にできる?」
容子ちゃんは探るような眼差しでじっとあたしを見ると、やがておかしそうに、両手で口元を隠すようにしてくすくすと笑った。
「お兄ちゃんからね、すごい秘密を聞いちゃったの。絶対誰にも言っちゃいけないんだよ」
ひーくんの「すごい秘密」は、これで何十回目かだ。堀内さん家の犬のタローがいなくなったのは宇宙人に連れていかれたからだとか、夏休みの最初の日、まだ誰もいないくらいの早朝に、裏山の公園のブランコに乗って大声で願い事を叫んだら叶うのだとか、いんちきばかりを言う。
お兄ちゃん子の容子ちゃんは、けれどそのたびにすぐに騙されてしまう。
ひーくんは小学五年生で、あたしのことをチビだとか、ちんくしゃだとか、意地悪なことばかりを言う。
「いいよお、別に。ひーくんは嘘つきだもん」
容子ちゃんは怒ったようにあたしの顔を睨むと、プールの底に沈めていた両手でばしゃりと水をかけた。
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