75人が本棚に入れています
本棚に追加
/81ページ
濡れたビーチサンダルが歩くたびに、ぐしゅぐしゅと変な音をたてる。
「おい、チビ。待てよ」
ひーくんが後ろから追いかけてきたけれど、あたしは気づかない振りをして、すたすた歩き続けた。
「チビ、こら、みひろ」
あたしは仕方なく立ち止まると、サッカークラブで日に焼けたひーくんの顔を睨みつけた。
容子ちゃんの話によると、去年のバレンタインには、数人の女の子がわざわざ家にまでチョコレートを届けにきて、キャーキャー騒いでいたという。その話をしたとき、容子ちゃんの小鼻はぴくぴくと膨らんでいた。容子ちゃんが「サイコーにカッコいい」と自慢するひーくんの顔は、いまは鼻の頭の皮が剥けていて、ひどく格好が悪い。
水着のフリルになったところに水滴がたまって、ぽたぽたとアスファルトにしたたり落ちた。
「なんでそう頑固かなあ……」
ひーくんは、ぶつぶつと独り言を言った。
「ほら、送ってやるよ」
そう言ってため息を吐くと、ひーくんはあたしの手を取った。反対側の手には、ビニールバッグに入った、濡れてないあたしの洋服。さっき容子ちゃんの家に、あたしが忘れてきたものだ。
「なあ、知ってるか。すぐその先にな、古い屋敷があるだろう。あそこ出るんだぜ」
あたしはひーくんの横顔を見上げて、じろりと睨んだ。
「どーせまた嘘だもん」
「嘘じゃないって。今度はほんと。正真正銘、真剣な話」
ひーくんが立ち止まった。あたしの顔を見て、にやりと笑う。
「わかった。お前、ほんとは怖いんだろう」
「……怖くないよ」
あたしはそっぽを向いた。
「じゃあ耳を貸してみろよ」
最初のコメントを投稿しよう!