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ひーくんは腰をかがめると、内緒話をするようにあたしの耳に手を当てた。ひーくんの息が当たって、耳の中がこそばゆい。あたしは耳をこすった。
「あのな、あそこん家のじーさんが、ある晩、寝苦しくて目が覚めたんだ。そしたら何かが胸の上にずっしり乗ったみたいに体が動かない。声を出して誰かに助けを求めようとしたけど、声も出ないんだ」
あたしは、またいつものひーくんのいんちきだと思った。でも、もしかしたら今度は本当かもしれない。
体の周りを覆う空気がなんだか重くなった気がした。あたしは無意識のうちに、空いているほうの手で鳥肌の立つ腕をさすった。
「そしたらな、自分以外は誰もいるはずはないのに、暗闇の中で何かの気配がするんだ。それが自分のほうをじっと見ているような気がする。おじいさんがおそるおそる足のほうを見ると、そこには白い手がぼうっと浮かび上がって、足首をつかんでいるんだ。つかんだ手の跡があとではっきりと足首に残ってるくらい、ぎゅっとな。それはおじいさんの耳元で誘い込むように、おいで、おいでって何度も囁くんだ。一緒においでって……。もちろん、おじいさんはそんなとこいきたくない。返事をしたら、どこに連れていかれるかわからないからな」
今回の話は、いつものひーくんのつくり話とは違う気がする。
「なあ、知ってるか。すぐその先にな、古い屋敷があるだろう。あそこ出るんだぜ」
あたしはひーくんの横顔を見上げて、じろりと睨んだ。
「どーせまた嘘だもん」
「嘘じゃないって。今度はほんと。正真正銘、真剣な話」
ひーくんが立ち止まった。あたしの顔を見て、にやりと笑う。
「わかった。お前、ほんとは怖いんだろう」
「……怖くないよ」
あたしはそっぽを向いた。
「じゃあ耳を貸してみろよ」
ひーくんは腰をかがめると、内緒話をするようにあたしの耳に手を当てた。ひーくんの息が当たって、耳の中がこそばゆい。あたしは耳をこすった。
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