第1章

8/21
前へ
/83ページ
次へ
「ダイジョウブですか?」 穏やかな声音に周りの音がすべて遮断される。 今居る空間に、この人物とふたりきりでいるような錯覚さえ起こした。 夜の空気に乗って鈴蘭の香りが運ばれる。 (映画スター?) そう思う程の甘いマスクのイケメンだ。 お古みたいなキャップのつばで影になっているけど、ヘーゼル色の優しい大きな瞳に、くっきりと筋の通った高い鼻。 (なんかおっきいし、ガタイいいんですけど!!) チャコールグレーのTシャツから伸びる、長く筋肉質の腕。 膝を折るのが大変そうなブラックデニムの脚。 履き古した感満載の大きいサイズの黒いスニーカー。 曲のある金髪を後ろで、ゆるく縛っている。 金髪の青年は、可奈のぶちまけた私物を拾い、取カバンに入れ始めた。 そんな何気ない所作でさえ、スマートに見えてしまう。 恰好は適当な感じなのに、どことなく上品な・・・、貴族的な雰囲気を感じる。 (王子様って言ったらこんな感じ?) アルコールは姿を潜めたが、余計に惚けてしまった。 青年の白く長い指先が、転がってる口紅に触れた。 青いバタフライが舞っている黒地のボディ―――。 反射的に顔を逸らしてしまった。 「ダイジョウブですか?お手をドウゾ」 カバンの中身を仕舞い終えると、金髪の青年は跪いたまま、ふわりと手を差し出した。 (わたしの手なんかすっぽり収まっちゃいそう) さっきのひったくりスーツ男よりも、ずっと大きな掌。 ―――しかし、素直に手を取る事が出来ない。 この金髪の青年は本当に親切なひとだと言うのは、明らかだが。
/83ページ

最初のコメントを投稿しよう!

182人が本棚に入れています
本棚に追加