第1章

10/21
前へ
/83ページ
次へ
「あ、あのぉッ!!」 パニックが少しなりを顰めて、可奈は声を発した。 (このまま抱っこされたままってヤバイ!!) 「・・・っ、ア、スミマセン」 金髪の青年はハッとしたように立ち止まる。 曲がっていた腰が、やわりと伸ばされ、自分がいつも見ている景色の高さに戻る。 宙に浮いていた足の裏が地面を触ると、淡い熱が夜風に掬われていった気がした。 止まった場所は住宅街で、人通りも少なく、街灯も無いに等しかった。 音もないし、考えようによっては、巨大な密室にいるようなものだ。 (な、なに?まさか、痴漢?) 「さ、さっきは助けてくださってありがとうございました」 助けてもらった事に変わりはない。本来なら一礼すべきなんだろうけれど。 「ドウいたしまして、大したことではナイです」 「―――・・・っ」 ほんの少し目尻が下がって、穏やかそうな表情が更に柔らかくなる。 酔いが褪めた筈なのに、体温が跳ね上がった。 改めて、まじまじと見上げてしまった。 暗いせい、で尚更よく見ようと思っているからでもある。 その甘いマスクの輪郭を、僅かな街灯でぼんやり暴いた。 緩く束ねられた癖のある金髪に、ヘーゼル色の瞳。 筋の通った高い鼻に、少し彫の深い顔立ち。ただ立っているだけでも、優雅さが漂っている。 丁度顔の高さが胸のあたりで・・・。 Tシャツにデニムという恰好なのに、この素材の良さのせいで、めちゃくちゃ絵になっている。 とは言え、初対面の外国人。 例え日本人でも、助けてくれたからって良い人とは限らない。 そもそも、ただの親切心なら、どうしてじぶんを抱きかかえて走り去ったのか? 警察が来た途端逃げ出すなんて、きっとやましい事があるに違いない。 今日は色々と人生最悪の日なのだ。度重なる嫌な出来事に防御意識が過敏になる。 これは、さっさと関りを断ち切った方が安全だ。 「では、わたしはこれで」 今度は一礼すると、可奈は膝頭をずきずきさせながら、青年から離れた。
/83ページ

最初のコメントを投稿しよう!

182人が本棚に入れています
本棚に追加