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「事なきを得たぞ、兄上」
「成明」
頭を下げた春吉に片手を上げて返した成明が、どかりと腰を下ろす。
「国主殿が、盲目でなくてよかった」
「どうなったんだ」
「密使が調査をし、俺の書状の内容が真実だと報告をしたらしい。――――体面を保つため、兄上は隠居のまま。俺が領主。姫君は離縁させたとして手元に戻し、これ以上のお咎めはなし」
「無茶を、させたな」
「娘の戯言を信じて権力を振りかざすような国主に仕える気は、さらさらないからな。領民には、申し訳ないが」
「体面を保つため、お前も罪人として処罰されたかもしれないだろう」
「逃げおおせる自信が、ないとでも思うか」
悪戯っぽく言う成明に、ふふと宗明が笑う。そこに隆敏が咳払いをして入った。
「ともかく、宗明様はお屋敷へ戻られますよう」
「戻らねば、ならぬか」
隆敏と春吉が目を丸くするのに、成明がニヤリとした。
「ここのほうが、愛しの君と睦まじく、つましく平穏に過ごせるかもしれんが、その親族方や出身の村は、どのようなことになるだろうな」
「ああ、そうか。そうだな。咎があり隠居を余儀なくされた者が行方を晦ませば、おかしな事を言い出す者が現れるやもしれぬ。成明らに骨を折らせてしまった分、私も色々とせねば、な」
ゆっくりと立ち上がった宗明が、隆敏と成明を交互に見つめる。
「ずいぶんな果報者だ、私は」
「もったいなき事」
「結構、面白かったぜ」
頷き、春吉に体を向けて手を伸ばす。
「すまないが、ついてきては貰えぬだろうか。佳枝の望むように振舞った結果、出来上がってしまったものを作り変えるために」
その手をしばらく眺めていた春吉は、立ち上がり、しっかりと握り締めた。
「はい」
黎明のような、返事と共に。
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