89人が本棚に入れています
本棚に追加
「そうそう、あの姫のことだが」
ふっと宗明の睫が揺れる。
「この屋敷には来ないつもりらしいな」
「自分は領主の妻であって、私の妻ではないと、言われたよ」
佳枝の冷たい視線を思い出し、宗明の唇が薄く歪む。
「呆れた人だ。――――ということは、俺の正室に収まるという事か」
「否やとは言えまい。国主様の愛姫だしな」
「美姫ではあるが、なんというか……」
肩をすくめた成明に、はは、と宗明が軽い声を上げる。
「義妹殿には申し訳ないが、側室に身を落としてもらうしかあるまい」
頭痛を抑えるように、こめかみを指で押さえて顔をしかめる成明が、労わる色を浮かべて兄を見る。
「それで、納得しているのか。兄上の妻で、仮にも子を成した間柄だろう」
それに、諦めたような、穏やかな笑みを浮かべて宗明が答える。
「否やとは、言えまい」
その瞳は、ひどく遠い場所を見つめていた。
***
領内にある在家村は、村娘の園を前領主が見分をしに来るということで、引き締まったような、浮ついたような、不思議な空気に包まれていた。
最初のコメントを投稿しよう!