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あれから、隆敏が時折運んでくる、宗明にとっては質素な、春吉にとっては贅沢な衣服や食料を頼りに二人だけの生活を続けていた。日が昇れば起き、昼は森の声に耳を澄まし、夕闇がせまれば眠り、時に身を重ねる。春吉がよそった粥を受け取り、一口啜ってほうと息を漏らす宗明に、不安そうな視線が向けられる。
「お口に、合いませんか」
ゆるくかぶりを振り、香の物を口に運び、租借し終えてから声を出す。
「穏やかで、つい、な」
「退屈、ですか」
もう一度、宗明は首を振った。
「なんと言えば良いのか…………。ただ、酷く贅沢だと、思うたのだ」
「僕にとっては贅沢ですが、宗明様からしたら、ずいぶんと質素なように思えます。あのお屋敷で過ごさせていただいた生活は、本当に――――夢のようでした」
「そういう、贅沢ではない」
首をかしげる春吉に、どう説明すればいいものかと思案を始めた矢先、馬の蹄の音が聞こえて壁の向うに顔を向ける。
「宗明様ッ、失礼します」
すぐに大きな声が聞こえ、庵の扉が開く。いつになく興奮した様子の隆敏が入りざま膝を付き、喜色満面で伝えてきた。
「お戻りになれます」
「そのような様子の隆敏を、初めて見たな」
他人事のような態の宗明に、性急すぎて言わんとしたことが伝わっていないと判断した隆敏が再び口を開こうとしたのを、続いて入ってきた人物が遮った。
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