死の本

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「これはいくら?」 「税込み8200円」  8200円……。まるで私の財布の中身を知っているかのような価格だ。  本としては高いが、気にいらない奴を呪い殺す道具としては、怪しいぐらいにリーズナブル。  主人があくまでも淡々した話し方をするせいか、罪悪感を感じないのも、購入意欲を煽り立てた。 「お求めになりますか?」  8200円と殺人の間で揺れ動く。  どんな手段であれ殺人はダメだ。これを手にしたら使わずにはいられないだろう。私の中にある忌避と良心が待ったをかける。  ぱらぱらとページをめくる。心は決まっているのに、踏み出せない状況を誤魔化すために、私はさらに質問をした。 「使い方とかは、書いてないんですか? 呪いのかけ方とか……」 「呪術の類などは必要ありません。もっと簡単な方法です」 「もっと簡単……」  つまり、ページに名前を書くだけとか、そういう方法なら、顔も見られる心配なく、唯一の証拠はこの本だけになる。  財布を準備しかけた私に、主人は淡々と告げた。 「本で殴って殺すのです」 「……なるほど」  私は頷くと、そっと本を閉じ、血塗られた鉄の表紙を棚に戻した。  (了)
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