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思いもしなかった否定を返され、シュウは困惑した。
「違う、って……? だって、島雨さんのところにも、チケットといっしょに診断書、ちゃんと送られてきたんでしょう?」
「ああ」
「ですよね。だったら」
「でも、違う」
「……だから、違うって、何が」
「俺は」
島雨は、瞼を閉じた。
そして再び目を開けたとき、それまでぼんやりと宙を見ていた島雨の視線は、目の前にある小さなカメラのレンズに焦点を結んでいた。
「俺は――死にたくない」
絞り出されたその言葉を聞いて、シュウは目を見開いた。
同時に――やっとわかった。
(ああ――そうか。そうだったのか)
島雨さん。
この人はどうやら、「自分は自殺志願者ではない」という妄想に取り憑かれているらしい。
道理で、と思う。
どうしてそんなことになったのか知らないが、この人は、すでに正常な判断能力を失ってしまっているのだ。
そう考えれば、これまでのこの人の言動に、いろいろと不可解点が多いことにも納得がいく。
それにしても、国から〈自殺志願者〉と診断されたにもかかわらず、そのことを受け入れることができないなんて。
「自分は本当は死にたくなんかないんだ」などと思い込んでしまうなんて。
世の中にはそういう人もいるのか。
いくらかの憐れみを抱いて、シュウは島雨の横顔を見つめた。
『終点まで、残り一分……。終点まで、残り一分をお知らせいたします……。前方をご覧ください。高さ120mの崖が近づいてまいりました。一分後、この列車は崖下に転落いたします……』
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