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「怖いね。……手でも握る?」
島雨は、振り向きもせずそう言って、シュウのほうへ片手を伸ばした。
子どもじゃあるまいし、と思う。
けれど、差し出されたその手に、シュウはなんとなく自分の手を重ねた。
島雨さん。
この人と話していると、腹が立ったり、面倒くさいと感じたりしたこともあったけど。
でも。この人のことは、なぜだか嫌いではない。
会えてよかった。
今このときに、いっしょに居られてよかった。
そんな気持ちが、自分でも探り当てられない、どこか遠く奥深くから湧いてきていた。
島雨の手が震えていることに、触れてみて、シュウは初めて気がついた。
『間もなく、終点。終点です……。列車は予定どおり、午前0時ちょうどに崖下へと転落いたします……』
列車のスピードが、再び上がる。
崖の先が迫る。
いつの間にか、車内のあちこちから、乗客のすすり泣く声、むせび泣く声が聞こえていた。
隣の席から、押し殺した嗚咽が響いた。
シュウは窓の外を見続けた。
今は、振り向いて顔を見てはいけないような気がした。
自分も泣いておいたほうがいいのかな、と思ったけれど、涙を流そうとしてみても、今からでは間に合いそうになかった。
『終点――……』
ノイズ混じりのアナウンスと同時に、車両が、大きな音を立てて激しく揺れた。
レールを外れた列車が、勢いよく空中に投げ出されたのがわかった。
体が座席から浮き上がる。
島雨が、繋いだ手を、痛いくらいに握り締めた。
鉄格子の向こうに、傾いた街の夜景が広がっていた。
この列車が、一瞬後には落下していくなんて、シュウはなんだかまだ信じられなかった。
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