朔の夜

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 本来ならば、今ごろ雪の中でひっそりと春を待つ会津を思い浮かべなければならないのだろうが、私の脳裏によみがえったのは、京都での師走のある一日だった。 『会津は雪が深いのでしょう?』  そんなことをあの人に言われた気がする。なんの他意も感じさせない、からりとした声音は明快で心地よく響いた。  八月十八日の政変後、勝ちにまわったはずの私たち会津は孤立を深めていた。  帝からの信任を得たがゆえの孤立だった。幕府といい他藩といい、くだらない嫉妬だと最初こそ笑い飛ばしていたが、政変に勝利したことが後々の災いの種となったのは皮肉であった。  上京してから間もなかった慶喜殿は幕府の代表のようなものであるから、面識があるとはいえ、同じく冷淡な態度を取られることを覚悟していた。それがあっけらかんと会津の話を聞かれたのは意外だった。 『いまは降り始めたばかりでございましょうが、深くなれば身の丈を超えるほど積もりまする』  『昨年の今ごろ入京なさったとか。会津の冬に比べれば京都のそれは大したことはないでしょうが、江戸と水戸しか知らぬ私にはきっと堪えるだろうと、心配のあまり周りが口うるさくてかないません』     
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