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もうひとつ渡された用紙を開いてみれば、『お金を借りる代わりに、オレを好きにしていい』と書かれている。確かになお兄の字で。正確に言うと、ちゃんとした書類形式でご丁寧に仰々しく書かれているが、オレを売りたいほどに困っていたんだな。千夏ではなくオレを。――いや、千夏だったら許せないけど。
二階くんの言うとおり、なお兄――母さんの弟である直久さんは、昔からお金に緩いと聞いていた。伯父さんも母さんも少額ながら貸していたし、返してと迫っても「今度な~」とかわされるだけだとも聞いている。オレと千夏だって合計で八千円ほど貸していたわけだ。内訳は主にお祭り――屋台の出し物が占めていたけど。いつも小銭がないと言ってねだってきたんだよね。いつだったか、まとめて返してくれたんだけどな。多少の色をつけて。「悪い悪い、遅れた」と小さく笑いながら。伯父さんも母さんもやっと返ってきたと呆れながらに言っていたし。返済できたのは、一万円未満の少額かつ身内という間柄だったからだろうと思う。返ってきたからといって放っておいたのがまずかったのか? なお兄はいまどうしているんだろう。「おれはまだ若いから、呼ぶなら叔父さんじゃなくてなお兄な」とはにかんだ顔はいまでも覚えている。オレたちが小学生のときだ。
「待て待て、あまね」
「わ! 伯父さんっ」
「――二階金融には話を通したはずだが」
なお兄のことを考えている間に握りしめてしまったいたらしい用紙には、少し皺が寄っている。まずいと思った矢先、横から伸びた手がそれを奪い取っていった。もちろん、誰でもなく伯父さんである。すぐさま文字を目で追ったあと、「わけの解らないことをするな」と二階くんの胸へと押しつけた。――が、二階くんは二階くんで「それはこちらの台詞ですが」と威圧的に払い落としてしまったからか、用紙が舞い落ちていく。あわわと手を伸ばすオレは場違いすぎるが、汚れてはいけないものだろう。皺は寄ってしまったけれど、皺は。
うまく受け止めたことで胸を撫で下ろせば、二階くんと目があった。愉快そうに細められた目元は確実に見られていたことを表しているようで、羞恥が湧き上がってきてしまう。おおう、顔が熱い。
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