がんじがらめの恋をする。

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 引いたような――ドン引きではなくて、ちょっと気後れしたのだ――弱い声音に対して二階くんは笑むが、その綺麗な顔の下にあるのは怒りだろう。オレには手に取るように解った。というより、オレにしか解らない。なにせオレは、二階くんの言うとおり、二階くんから逃げていたんだから。それなりに喋ったりしていたといっても、ほとんど用があるからと言って避けていた。二階くんの前ではどうしても緊張してしまい、うまく喋られなくなるからである。卒業間近になってようやくまともに話せるようになっていたが、離れていた分もとに戻った気がしないでもない。大変失礼な話であるが。  逃げるのは許さないと語る瞳が怖い。獰猛な獣というたとえがぴったりだろう。『目を逸らした瞬間に()られるかもしれない』と思わせるところもそっくりだ。  現状、目を逸らすどころか、緊張で固まってしまった躯ではあるが、しかし、二階くんの匂いを際限(さいげん)なく受け止めている。目の前にいるのはアルファなのだと、躯の奥からの訴えに頭がおかしくなりそうだ。喉がひりつき始め、痛い。 「おい、お前ら俺の話を聞いてないだろ。あまねを離せと言ってんだよ!」 「雑魚ごときが俺に指図をするな」 「誰が雑魚だ!」 「あの!」  また一触即発か。止めるように発した大声は、喉のひりつきさえも感じなくさせた。止めなければ大変なことになるという一心であったけれども、なんとかなるものらしい。 「ま、まだやることがありますし、来ていただいたところでなんなんですが、今日のところはお引き取り願います。終わってから話し合いましょう」 「あまねの言うとおりだ」 「桃瀬が言うのなら、今回だけは引いてやろう」  しかたがないと言わんばかりに――実際、しかたがないんだろうが――そう言ったあと、「香典だ」と渡された香典袋はずっしりと重かった。香典袋の特性上あり得ないはずの重さを感じたのは、少し緊張が解けたせいだろう。 「いいか、桃瀬。必ず連絡をしろ。留守電でも構わん。なき場合は――」  続けざまに「なにをするか解らない」と耳打ちをしてきた二階くんは、引き寄せたオレの後頭部から手を離したあと、すぐさま躯を翻した。――熱い顔のまま固まるオレを見て小さく噴き出してから。 「あまね」
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