1人が本棚に入れています
本棚に追加
帝都
第二次世界大戦の中、国民は「欲しがりません勝つまでは」と口々に伸べ困窮を強いられた時代。
死と隣り合わせながらも「明日には、きっといいことがある」と希望を捨てずに生きる人々の姿があった。
平和な時代が来ることを信じて
帝都、月代神社。
境内はひっそりとした静けさがあった。
そんな中、少女は神社へと向かって小走りに歩いた。健康そうな肌の色に大きな瞳が神社だけを見据えて足を動かすその度に黒々としたおさげが揺れる。
白灰色の作務衣の下は紺色の袴を履いている。
賽銭箱の前で一礼すると、靴を脱ぎ神社の中へと入った。
祭壇の前には直衣を着た老人が座している。
少女は老人の背後に座り、手を礼儀良く畳に置き頭を下げた。
「お呼びでございましょうか。お祖父様。」
山上早瀬(やまがみはやせ)は祭壇に向かって一礼すると、座ったままこちらへと体の向きを変え、孫娘を見た。
「久しぶりだの?美里」
祖父、早瀬には数年ぶりにお目にかかる。
というのも、父にこの神社を受け渡し宮内庁に出入りし戦争への勝利祈願を行っていて多忙だからである。
「お前は今年で幾つになるんだったかな?」
その質問に戸惑いながらも
「16になったばかりです。」
思案げに早瀬はその数字を口のなかで反芻した。
「そうか。…………そうか。」
静かな動作で懐から薄紅色の懐紙をとり出し、美里の前に置いた。
「これは……私にですか?」
早瀬が小さく頷いたので、美里はその懐紙を手に取った。
ふわり、と桜の香りが薫る。
薄紅色の懐紙を広げるとそこにはただ一行
《月代神社 白の勾玉》
はらり、と桜の花びらが畳に落ちた。
美里は紙を凝視したまま口を開いた。
「これは……何です?」
最初のコメントを投稿しよう!