第2章

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 三谷に促されて歩は名刺を取り出しながら芹澤に歩み寄った。近づくと少し見上げるかたちになり、目の前に清潔な口元が迫った。 「これから御社を担当致します井上と申します」  よろしくお願い致します、と名刺を差し出しながら芹澤の目を真っすぐ見つめた。頼りない新人と思われたら困る。  名刺に視線を落としていた芹澤も顔を上げ、歩と視線を合わせた。すると、意思の強そうな切れ長の目を見開いて動かなくなってしまった。 「?」 「あの、芹澤さん……? 井上は入社して五年になる中堅です。現場経験もありますしご迷惑をおかけするようなことはありません」  芹澤が、歩の若過ぎる容姿を不安に感じていると捉えた三谷があわててフォローに入る。 「ご迷惑をお掛けしないよう精一杯努めますので」  歩も再度頭を下げ、下から覗き込むように見上げた。  芹澤がパッと顔を赤らめ慌てて姿勢を正した。 「いえ、すみません! 知人に似ていたものですからびっくりして」 不安になんか感じていませんよと優しく笑いかけられ歩はようやくほっと肩の力を抜いた。  その後の打ち合わせはスムーズに進んだ。芹澤は最初の挙動以降は落ち着いていて、口数の少ない人間だった。しかし口を開くと話は要領を得ていてわかりやすく、無駄がなかった。三谷との関係も良好なようで、顔合わせと引き継ぎは滞りなく完了した。 「それではこれからもどうぞよろしくお願い致します」  三谷とそろって席を立つと「もしよろしければ」と芹澤に呼び止められた。 「この後軽く食事でもどうですか? 三谷さんの送別会も兼ねて」 「ありがとうございます。恐縮です」  正直、飲みに誘われるとは思っていなかった。無駄のないやりとりやあまり感情を表さない話し方から、付き合いの席を嫌いそうな人物に見えた。意外とそうでもないのかもしれない。 一番年若い歩に選択権はない。薄い微笑みを口元に貼り付けて、おとなしく二人に付き従った。
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