第2章

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 サラリーマンをしながらクラブのショーに出ようと決めたとき、万が一会社にばれたらどう弁解しようかと考えたことがある。  自分は日常の業務に支障をきたすような活動はしていません。重篤な病気以外では欠勤せず、勤務中に欠伸などせず、真摯に仕事に取り組んでおります、そう言おうと決めていた。これを堂々と言うために、実際に健康管理に気を配り、無駄な欠勤などせず、仕事も結果を出せるよう努力してきた。  しかし初めてばれた相手は取引先の相手だった。芹澤にとって歩の勤務態度など知ったことではないだろう。 「先週の金曜日、見てたんです。眼帯して踊ってましたよね? 片目なのにすごいなぁと目を奪われました」  口の中がカラカラに乾いてくる。何か言わなければと思うが舌の根が張り付いて上手く声が出せない。 「井上さんの目尻に涙ぼくろが並んでいるのを見て、まさか、と思いました」  名刺交換をしたときに固まっていたのは、このほくろを見ていたのか……。 「三谷には……」 「はい?」  ひどくしわがれた声が出た。 「三谷には言わないでください。三谷以外にも。私は職場にゲイであることもポールダンサーであることも言っていないんです。気づいたのは芹澤さんが初めてです」 「もちろんです。私も職場にはカミングアウトしていませんし」  芹澤は穏やかに微笑んで首肯した。  それ以上歩の事情には頓着せず、芹澤は歩のパフォーマンスを褒め続けた。 「それにしてもきれいでした。痩せてらっしゃるのに軽々と高いところへ登って行って、両手を離したりするでしょう?」  凄いですと熱っぽく語る。  歩は恐る恐る芹澤の顔を見た。にこやかな表情は何を考えているのかわからない。先週のゲイナイトに来ていたということは芹澤も同類なのだろうが、それを確認し合って親睦を深めましょうという感じでもない。  三谷が席に戻り、話はそこで中断された。
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