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その後歩は何を食べ、どれくらい飲んだのかほとんど覚えていない。とにかく早く終われとグラスを握りしめていた。
初めて夜の活動がばれた衝撃で問われるままに応えてしまったが、落ち着いてみると、知らぬ存ぜぬを通せばよかったと後悔した。よりによって顧客に知られたのは一番痛い。これからどういう顔をして接していけばいいのか……。
店を出ると、三谷は地下鉄で帰ると言い、芝大門の駅へと降りて行った。歩は走り出したい衝動を堪えて芹澤と肩を並べて歩く。
どれくらい飲んだかわからないアルコールと、隣を歩く男への恐れと焦りで、歩は気が気ではなかった。足元のアスファルトがぐにゃぐにゃと沈み込む心地がして、早く帰りたいのに脚が進まない。
「井上さん、時間ありますか?」
「……は?」
「もう少し」
左側を歩く芹澤の肩が軽く触れてきて、歩は道の端へ寄った。そのまま芹澤も距離を詰めてくるので、追い込まれるように右側の狭い小道に右折させられた。
「もう少し、一緒にいたい」
新橋の喧騒を背にする暗い小道。芹澤の方を見ることができず顔をそむけると道の先には薄暗く灯りがともるホテル街。
とんだ男にばれてしまった。
最悪だ。
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