第3章

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 横からたくましい腕が伸びてきて、みかんで汚れた手をウエットティッシュで優しく拭ってくれる。 「ありがとケンちゃん」  見た目の印象とは裏腹に、女性的で面倒見がよく、みんなのお母さんみたいな存在だ。 「そこ二人。楽屋でみかんなんか食うなよ。茶の間じゃねえんだぞ」  乱暴な口調だが目が笑っているのはヒロミだ。百九十近い長身で、恐ろしく整った顔をしている。長い髪を一つに括った姿は中性的で海外のショーモデルのようだ。みんなに煙がいかないよう、部屋の隅でタバコを吸っている。  滝川以外、昼間どんな仕事をしているのかよくよく知らない。ヒロミに関しては本名すら聞いたことがない。会話はあったりなかったり、距離感もさまざまだが、ここに集まれば一緒にショーを作り上げる仲間だ。みんな真面目にダンスに取り組んでいる。  ここに来られなくなったりしたら嫌だな、と改めて楽屋を見渡す。今では昼の仕事と同様に、夜の活動も歩の生活の一部だ。 「ばらされるなんて事はないと思うけど、気を付けるよ」 「おう」  フロアに降りて、四人のダンサーがそれぞれのポールについた。  今日も観客が集まってくる。様々な表情でポールダンサーを見上げる。歩も観客を見渡す。それからいつも通り自分のダンスの世界に没頭した。  いくつもの顔の中に引っかかる顔があったような気がして、歩は回転しながらそちらの方向をさりげなく確認した。 (芹澤さん!)  芹澤はポールから少し離れた壁沿いに立って歩を見上げていた。歩の動き全体を見逃すまいと一心に見ている。彼の真剣なまなざしと少し驚いたような表情は、ステージに立つ人間の心を高揚させる。 (見にくるとは言っていたけど、早速今日来るなんて)  芹澤の視線を感じて、一気に身体が熱くなるのがわかった。誰が見に来ても緊張しない歩が一体どうして、と自分で疑問に思う。 (昼間の仕事関係のひとだからかな?)  歩は自分自身の身体の変化に首を捻った。
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