第1章

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「ひげくらい生えるよ。今日はアイパッチつけるからメイクいらないの」  歩は鞄から小道具のアイパッチを取り出し左目に巻いた。もともと小さな顔が、三分の一ほど黒い布に覆われてさらに面積が狭まる。 「こっちの目に巻きな」  滝川が歩のアイパッチを外し、反対側の右目に巻いた。 「せっかくのエロぼくろ、隠したらもったいない」 「エロぼくろじゃなくて涙ぼくろ」  歩の左目には涙ぼくろが二つも並んでいて、あどけない歩の顔をそこはかとなく物憂げに見せていた。その時々で、泣いているようにも妖艶に微笑んでいるようにも見える。 「あら、素敵」  格闘ゲームのキャラクターのように逞しい体格のダンサーが、オネエ口調で歩のアイパッチに触れた。ここで最年長のダンサーのケンちゃんだ。 「ラインストーン、綺麗じゃない」  通販で購入した黒いアイパッチがどうにも勇ましい印象だったので、自分でラインストーンをちまちま貼り付けてみた。大小のラインストーンが光を反射して、妖しく美しいものに仕上がった。  髪を軽くオールバックに撫でつけて、塞がれていない方の目にシルバーのカラーコンタクトを入れる。これでほとんど歩の素の顔はわからない。 「顔バレ対策完了?」 「おけ」  六本木のクラブに、しかもゲイナイトに、昼間歩が勤める会社の人間が来るとは思えないが、念のために素顔を隠す。クラブのショーに出始めた頃はばれても構わないと呑気に構えていたが、やはり二十代後半になって会社にばれたら面倒だと思うようになった。昼の仕事を失うわけにはいかない。
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