第1章

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 メインフロアの四つ角付近に設けられたポールは、吹き抜けの二階の天井まで伸びている。中央にぶら下がるミラーボールの光を受けて、時々ギラリと強い光を放った。  歩たちダンサーがそれぞれのポールに着くと、観客がポールのそばに押し寄せてくる。  銀のポールに触れると、いびつに拡大された歩の指先が映った。  片手でつかまり、はじめはゆっくりとポールの周りを歩く。脚を絡めて回転すると観客が沸いた。少しずつ遠心力に身体を馴染ませる。  身体を振って回転を速めるとポールにつかまる腕が外側に引っ張られ、飴細工のように伸ばされるような気がした。全身の筋肉が目覚めだす。  ウォーミングアップと興奮とで身体が温まってくると、皮膚がポールに吸い付く瞬間が訪れる。しっとりと汗ばんだ手のひらがぴったりとポールに張り付き、わずかな力で上の方に登ることができる。歩は足首を絡ませて、ぐんぐんと高いところまで登ってゆく。 (気持ちいい)  まだ触れられていないポールの上部はひんやりと冷たく、火照った歩の身体を冷ましてくれた。  上の方まで来ると不思議と喧騒が途絶え、DJの奏でる音だけに包まれた。  好きな曲だ。  エモーショナルなメロディーに合わせて、歩はゆったりと四肢を伸ばし、重くのしかかってくる重力を楽しんだ。  下を見るとたくさんの顔が見えた。  口を開けて驚く顔、パフォーマンスを称賛する顔、興奮を隠さぬ顔、そして嘲笑する顔。すべてが薄青い光に染まりまるで全員水の中にいるようだ。群衆の隙間を縫うように動くスタッフも、プレイするDJもみんな水中に沈んでいる。  脚でポールにつかまりながら、上半身を振ってからだを回転させる。  視界の隅にエナメルのブーツのつま先が映った。濡れたように黒く光っている。薄青の景色の中、自分の色彩だけがはっきりと見えた。歩は、自分だけが透明のカプセルに入っている錯覚を覚えた。
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