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「すごく嬉しいけど、今そんなかわいいこと言わないで。今日は大事を取って安静にしていなくちゃいけないんだから」
俺の気も知らないでと芹澤がぶつぶつ呟いている。
「大丈夫ですよ。頭は打ってません。肩を打ったけど骨は何ともないし、内出血だけで済みそうです」
歩はあれこれと世話を焼いてくれる芹澤の手を取って口元に近づけた。中指の第二関節あたりを食むように優しく口づけ、上目遣いで芹澤を見る。
「……」
片手を取られた姿勢のまま、芹澤の喉仏がゆっくり上下するのが見えた。それをぼんやり眺めていると両脇に芹澤の手が差し込まれ、一気にバスタブから引き揚げられた。
「わわっ」
突然足がつかなくなるほど持ち上げられ、バランスを失って芹澤の肩にしがみつく。芹澤はがっちりと歩を抱きとめ、服が濡れるのも構わず腕の中に抱き込んだ。目の前のグレーのTシャツが色を変え、冷たくないだろうかと顔を上げようとしても許してもらえなかった。
「ひとの気も知らないで」
「え?」
歩がようやく顔を上げると、どこか苦しそうな、それでいてギラギラと強く光る瞳と目が合った。芹澤の初めてみる表情に、歩の鼓動が早くなる。
歩はおとなしく目を閉じた。
瞼、目尻のほくろ二つと上から順にキスが降りてきて最後に深く唇にキスされた。舌が絡み合うと膝から下が溶けたように頼りなくなり、両手を芹澤の首に回してしがみついた。
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