第1章

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 誰かが、ポールダンサーを金魚のようだと言っていた。  誰も触れられない場所で、きらびやかな尾を振って泳ぐ。回転し、方向を変え、自由に泳ぎ回るが、小さな世界にひとりきり。たくさんの人に見てもらえるが寂しい、と。  そうだろうか?  水槽の中にいるのは観客の方だ。  歩は好きなだけ水槽の魚を眺める。まるで時間外の水族館に忍び込んだ気分で、自由に魚を見て回り、水槽と水槽の間を飛び回る。寂しいなどとなぜ思うのだろうか。  隣のポールでポーズを決める滝川と目が合う。手を振る代わりに小さく投げキスをしてダンサーだけが見られる青い世界を楽しんだ。  二回のステージを終えて楽屋に戻ると壁の時計が三時を指していた。蛍光灯の照らす真っ白い世界に急に引き戻されて、頭がクラクラする。 「ユウ、もう帰る?」 「うん、お風呂入りたいし今日は帰るよ」  歩はほっと息を吐いた。今夜も無事に仕事を終えた。  仕事を終えたダンサーたちは、フロアへ降りてお酒を飲んだり踊ったりして始発までの時間を過ごした。または二十四時間営業のファミリーレストランへ行き、少し早い朝食を食べながら始発を待つ。 「朝飯、行かない?」 「うん。みんなによろしく言っておいて」  歩は素早く着替えて荷物をまとめた。ここから自宅までのタクシー代は痛いが、始発で帰って土曜を眠って過ごしてしまうのはもっと痛い。 「帰って洗濯しなくちゃ」 「お前は母ちゃんか」  滝川が笑いながら見送ってくれる。ダンサー達にお疲れ様を言い、歩は夜の職場を後にした。
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