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雨は、自然と嫌なものを連れてくる。
「あなたのお母様はあと 余命一カ月です」
ざぁざぁ、と雨が先生の言葉をかき消す。
否、涼暮香織〈すずくれ かおり〉は、信じたくない言葉を雨のせいにして聞こえないフリをした。
母は、優しい人だった。優しすぎて、人を頼ろうとしない人だった。女手ひとつで子供を育てるのは、どれだけ大変なことか、傍でみていた香織は、よく知っている。
「まだ、親孝行も、なにもできていないんです」
ほろり、と涙があふれた。
流れてきた涙を、必死にぬぐおうとするが、止まることを知らず、あふれ続ける。
みかねた看護師が、香織にティッシュをさしだした。
「心中お察しします。どうか、お母様の傍になるべく、ついていてあげてください」
「……はい」
看護師の優しい言葉に、よわよわしく応えた。それでも、雨は止むことをしらず降り続けている。
落ちついてからの方がいいだろうと、涙をながす香織をみながら先生は言った。母の病状についての詳しいことは、また後日ということになり、診察室をあとにする。
「香織ちゃん!」
診察室を出ると聞き慣れた声に呼ばれ、振り返った。少し先に母の妹である叔母とその息子の晃が、こちらに向かってきているのがみえた。
「叔母さんに晃……どうしてここに?」
そう呟くと、近づいてきた叔母にぎゅっと抱き寄せられた。突然の叔母の行動に驚いた香織は、まるで石にでもなったかのように身を固くしてしまう。
「姉さんが倒れたってっきいて、とんできたのよ。香織ちゃんを一人にできないでしょう」
叔母につよく抱きしめられ、頭をなでられると安心したのか、目頭が熱くなる。香織は誰にもみられないよう、彼女の胸に顔をうづめて、涙がこぼれないように下唇を噛んで、こらえる。
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