第一章 修行の日々

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 羽ばたきの音ひとつ立てず、夜闇に紛れて、漆黒の竜はその家の屋根に舞い降りた。  家の中では、三角屋根の先端に竜の爪がかかるカシャリという音だけが聞き取れた。  ――コン、コン。  すぐにドアが控え目にノックされ、囁きが聞こえた。 「人の長よ。我が竜の長からの使者で参った。フサリアを、こちらに」 「おお……早かったの。ここに」  長老が扉を開けると、漆黒の肌に長い黒髪、黒装束で黒瞳が爛々と光る長身の青年が立っていた。長老は彼に、産着にくるんだ赤子を大切に手渡す。 「名は?」  その質問には、たった今お産を終えたばかりの母親が、くぐもった息の下から答えた。 「アレン。隣国との戦で命を落とした、あの人の名前です……」 「承知した。けして悪いようにはしない。我々に任せてくれ」  そう言ったかと思うと青年は不意に消え失せ、夜空に微かに羽音を残し去っていった。 「アレン……どうか生き延びて」  母親がすすり泣く声だけが、アレン誕生の証しとなった夜だった。
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