ポップコーンラブ

10/15
71人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
 見覚えのある獰猛な瞳の光に、憤っていたはずの自分が分からなくなる。  何も言い返すことが出来ず、黙ってエレベーターに乗り込んだ。閉のボタンを押すより早く、彼も乗り込んできて、そこで「帰れ」と再び押し問答をした。  厚い胸板は押しても動かず、警備員を呼ぶと言っても、「好きにしたらいい」と余裕の表情だ。 「いい加減にしてくれ」 「俺は本気で嫌がる相手には何もしないよ」 「どういう意味だ?」 「あなたのノーはイエスのノーだ」 「僕の何が分かるっていうんだ!」  挑戦的な僕の目を、彼は正面からきつく見据えた。 「前の恋人の物は全部捨てた? あのあと、別の人とセックスした?」  確信を持った足取りで一歩踏み出され、僕は後ずさりした。 「何を言って……」  狭い箱の隅に追いつめられ、後のない僕は彼の瞳を見るしかない。おずおずと合わせた視線の先には、強い光を放つ瞳がある。 「YESと言えないくせに」  悔しさとままならない彼への苛立ちに、僕は唇を噛み締める。 「ほら、部屋のある階に止まったよ。さあ、ドアを開けて。あなたは俺を受け入れるべきじゃないかな」 「……マセラティに乗った君は強引なんだな」  警戒の色を変えぬまま揶揄すると、彼は自嘲するように鼻で笑った。 「これが本来の俺だよ。自信家で傲慢な鼻持ちならないやつ。でも、たった一つの失恋で全てのやる気をなくして、放浪の旅に出る程度には繊細な面も持ってるけどね」 「君も失恋してたっていうのか?」 「成功以外の道を知らなかったから、堪えたよ。本来の俺なら、気に入った相手にはその日のうちに言い寄るんだけど、この前の俺はそうじゃなかった。誰かにまた本気になってしまったら、再び傷つくことになると思ったしね。あなたもそう思ってるんだろ? だから怖がって、俺を拒むんだ」 「たった一晩の相手に、こんなにしつこく言い寄るなんて、君こそおかしい。君の方こそ、僕を口説くことで自信を取り戻そうとしているんじゃないのか? アジアの退屈な男さえ口説き落とせなかったら、君はまた旅に出るのか?」  眉を寄せ、頬をこわばらせる彼を見て、少し後悔した。言葉が過ぎた。 「可愛げがないだろ? だから誰も僕のそばに居ない。君もすぐに愛想をつかすよ」
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!