ポップコーンラブ

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 渡らずに幾度目かの青信号を見送った。雨脚が一際強くなって、頭の上でポップコーンでもはじけたみたいに騒がしい。  傘に張られたポリエステルを叩く重い雨粒が、白くて軽いおやつになるのを夢想した。そしたら僕は傘を閉じ、空に向かって大口開けるのに。興奮して大声を上げてもいいし、ポップコーンの塩が目に入って泣いたっていい。  空からポップコーンが降ってきたら、僕がどんなに情けない行動を取ろうと、きっと誰も気に留めないだろうに。  もちろん現実は違う。  大の大人が傘もささず、ずぶ濡れになりながら声を上げて泣いたら、それはおかしなことになってしまう。常識的な僕は傘をさすし、恋人に振られたからって人前で泣いたりしない。去っていく恋人に無様に追いすがって、泣きついたりもしない。顔見知りに会いかねない、自分のマンションの前ならばなおさらだ。  いつもよりコントラストのはっきりした、アスファルトと横断歩道のラインを眺める。雨雲の下、目を刺すような白さを放つそこから、瞬きひとつして視線を逸らす。  波打ったアスファルトが浅い水たまりを作り、丸い波紋をいくつも浮かべる。出来た水の輪は重なり、互いに打ち消し合って、たまたま通過したタイヤに蹴散らされた。  手の中の合い鍵を握り締める。ためらいなく背を向けたあの人は、横断歩道を渡り、新しい恋人が運転する小さな軽自動車へ乗り込んでいった。  ドアが開いたときに垣間見えたシルエットで分かった。相手は女だ。バックミラーには、丸っこい人形らしきものがぶら下がっていて、あの人がドアを閉めるとゆらゆら揺れた。  新しい恋人と一からやり直すんだと言っていた。  僕と違って、あの新しい恋人は「俺がいないとダメ」な、かよわい人らしい。酒も博打もやめて、新人になったつもりでやり直すと言っていたけれど、本気だろうか。  自分は不甲斐ない恋人を甘やかすだけで、どうにもできなかった。  どうせ自分は一発屋の自称小説家だと自嘲するあの人を、周りの見る目が無いんだと慰めることは出来ても、自分が彼に頼ろうだなんて思いもしなかった。非力な振りをして自分を支えてくれぬ彼を叱咤し、彼を男として奮い立たせるのが正解だったのか。答えを知っていたとしても、自分には決して出来ない芸当だ。
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