ポップコーンラブ

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 僕の言葉に、彼は意外そうに眉を上げた。その表情から、男を拾うなんて真似をしておきながら、実は経験が少ないのだと見透かされた気がして、口にした言葉を後悔した。  男はあの人しか知らない。その前は片想いを何度か経験したものの、付き合うところまで行ったのはあの人が初めてだった。 「なんでもしてあげる。どうしてもらいたい?」  軽く微笑んだ顔が僕を見下ろす。映画のスクリーンで見ているような、現実とかけ離れた感覚に酔う。自分までスクリーンの向こうにいるような錯覚に陥ったが、すぐに気がついた。  男に捨てられ、ヤケになって行きずりの男を部屋に引きずり込んだ寂しい現実は変わらない。   一度好きになったら、振られてからも何年も引きずってしまうのがいつものパターンだ。今回は何年引きずるのか。 「もっと酷く抱いて」 「そういう趣味?」 「……忘れたいんだ」  そう言ったら、彼はさらに長いキスをし、それから僕が願った嵐をくれた。僕は何も考えずにただただ波に揉まれ、声を上げた。  身体の中で何かが弾けたみたいに、腰が跳ねる。 「だめ、だめっ、それ以上はだめ!」  これ以上進めないよう胸を押し返すが、逞しい体は少しも揺らがない。 「分かってる。そのノーはイエスのノーだ」  その言葉に、根まで彼を食んだ部分が唾を飲み込むみたいにひくりと動く。それに気を良くした彼は、怖いくらいの不敵な笑みを浮かべた。見惚れるほど澄んだ緑の瞳が、僕の眼前で肉食の光を放つ。獅子のような獰猛さに怯えつつも、気高い獅子に獲物として選ばれた喜びが僕の中に湧き上がる。 ――仕留められてしまう。  その破滅の予感はひどく甘く感じられた。  彼は自分の首からクロスの付いたチョーカーを外し、それで僕の両手首を一つに束ね、しっかりと絡めるようにして環を繋いだ。逆らおうとすれば出来たけれど、甘い誘惑に僕は唇を舐めただけで何も抗わなかった。 「これは俺の宝物だ。だから絶対壊しちゃだめだ」  頭の上に置いた両手を、片手でベッドに押し付けられた。  夜の光を灯した緑の瞳が僕を見ている。僕だけを見ている。それだけで肌が敏感になる。  彼の吐息が僕の頬にかかる。荒い呼吸のリズムと共に、薄い皮膚の下で血がざわめく。彼の甘い吐息を吸えば、肺の奥まで震える気がした。 「あぁっっ……」
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