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困った顔で苦笑する。身の丈に合わない贈り物は困るけれど、彼の優しさは素直に嬉しかった。その優しさはバックパッカーだったときの彼からも滲み出ていたのを思い出す。彼が作ってくれたパスタは美味しかったし、僕に触れる指も気遣いのあるものだった。僕がそばにいてくれようとする彼を拒絶したときも、彼の手は温かかった。
「良ければドライブしない?」
意図を図りかねて僕は首を傾げた。彼はもう宿に困ったバックパッカーではない。
僕の察しの悪さに、彼は困ったように苦笑した。一旦視線を落とした彼は、少しためらってから口を開く。
「あなたがちゃんと泣けたのか、ずっと気になってた」
「あぁ、そういえば泣いてないな。もしかしたら、君のおかげかもね。あのときは、ありが――」
「あなたはいつも自分に嘘をついてる」
感謝したつもりなのに、なぜか彼は厳しい顔をして僕の言葉を遮った。
「嘘?」
「一人で平気だって俺を拒んだときも、あなたは嘘をついてた。今は……」
慣れない日本語に言いよどみ、諦めたように頭を振る。彼は英語に切り替え、早口で僕を責めた。言いなれた言葉のせいか、語調は強く、想像以上に感情的になっていた彼に驚いた。
「泣いていないのはあなたが前の恋人のことを忘れていないからだ。忘れたふりをしてるだけだ」
知ったかぶった言い方に、反感を抱かずにはいられなかった。いくら善意から発したものであろうと、踏み込んでもらいたくない場所がある。
「僕と一晩寝ただけなのに、知った口を利かないでもらいたいな」
「忘れたっていうなら、俺とデートして」
睨みつける相手を口説こうとする彼が理解できない。
「なんで君と。僕らはそういう関係じゃない。君がどこの王子様だろうと、僕は君と取り引きしたんだ。ベッドとセックスとをね。恋愛できるようなクリーンな関係じゃない」
「クリーンじゃなければ恋愛出来ないなんて、本気で思ってるの? 本気で恋に落ちたことが無いんだな」
「なんだって? 僕のどこが――」
人の視線を感じ、口をつぐんだ。エントランスでの言い合いは人目を引く。日本語でなかっただけいくらかマシだが、分かる人には分かってしまう。マンションの住人らしき人が通り過ぎるのを待って、足早にエレベーターへ向かった。彼はすぐ後ろをついてくる。
「もう帰ってくれ」
「俺は帰らない。あなたに会いに来たんだ」
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