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「また明日もここにいますか?」
「また明日もくるつもりか?」
青年はやはり顔も合わせずにそう言ったが、先ほどよりは嫌そうじゃないな、とオルシアは判断した。
「出来るだけあなたと話したいんです」
「変わった奴だ」
「あなたは人に好かれるほうなのでは?」
花火がぱちぱちと、後ろで弾ける。どうみても子ども好きとは思えない彼に、子どもたちが懐く。こういった人間がいるものだ。そこに存在するだけで、無愛想でもなんとなく好かれる。
「ただの人には好かれるな。魔術士同士では、そうでもない」
「どうして?」
「気脈が厄介だからだろう。雨に降られたいやつなんていない。まあ、ここにいる間は、石が吸ってくれるからだいぶんマシだな。この石は役に立つ」
青年が再び、足元の黒石を蹴った。パリン、と、薄いガラスを蹴るみたいに、雪だるまを崩すみたいに、簡単に石は割れる。やっぱり、不思議だ。
試しに真似をして黒石を蹴ってみたが、割れる気配は全くなかった。本当にオルシアには気脈があるのだろうか?
「……割れない」
「当たり前だ、切削の魔法は紫の本の魔術にあたる」
「紫?」
「三番目に難しい魔法ってことだよ」
「魔法にレベルがあるのですか?」
「もちろん。青の本から始まり、赤の本、紫の本、白の本、黒の本、桃の本。六冊の本を全て攻略しなければならない」
「あなたは全て終わったの?」
「まだだ。まだ、おれは黒の本。術士登録は通ったんだが、なかなか桃に進めない」
青年は悩ましそうに頭を振った。雨足が少し強まったような気がして、兎を見れば、ピンと立っていたはずの耳がしおれるように垂れていた。
すごく、分かりやすいな、と思う。
青年は雨雲の相手も兎の相手もせずに、石を割りながら呟く。
「オルシア、お前、魔術に興味があるのか。まあ、そうだろうけど」
「はい、もちろん」
「おれは弟子をとらない。術士になりたいなら、町の魔術士に頼め。そいつの名前も実力も、どの本まで進んでいるのかも知らないが、術士を名乗る以上、白以上ではあるだろう。赤ぐらいまでなら教えてくれるはずだし、たいていの術士は弟子入りを拒否しない」
「どうしてあなたは拒否するの?」
「その質問には答えない」
青年は冷たくそう答えたが、傍らの兎がしょんぼりとしたままなので、恐らくなにか複雑な事情があるのだろうとオルシアは察した。
「また明日も来ます」
「ああ」
青年はもはや拒否しなかった。オルシアはどこか高揚のようなものを感じながら、それじゃあね、とヴェンニに声をかけ、丘を去った。
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