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その夜、夢を見た。オルシアはあまり夢を見ない子どもだったが、見るときにはいつも、ずっとずっと幼いころから続いているひと続きの古い夢であるような気がした。ここには来たことがある、と思う。柔らかい土、あまい風、どこか遠くでだれかが笑っていて、そこに行ったら抱きしめてもらえるのではないか。母親がまだ家で編み物をしている、その実感がたしかにある。
これは夢だ。あふれる幸福感から、すぐに分かる。次いで、この安らかな世界がどうにも懐かしくて、なにかがこみあげるような感じがしてくる。それは結局のところ『恋しい』という子どもらしい直情の感情だったわけだが、あいにくオルシアはその感情について正しく知らなかったので、ただ、なんだか夢を見るたびに胸が苦しいな、と思うだけだった。
――ここは、懐かしい。
すべてがここにある。ここから始まって、そのあとは損なわれつづけている。だからぼくは呼びたい。ヴェンニ、ヴェンニ――と、なにかをずっと呼んでいる。過去から手繰り寄せようとしている。たしかに、繋がっている紐がこの手にある。
だれかが丘の向こうで手を振っている。光が強くて、なにも見えない。草の香りがする。あの丘には植物なんて一本もはえていないはずなのに、不思議だ。
足元の小石が、ひとつずつ黒く闇のなかに溶けて、世界が閉じていく。夢が終わる。幸せだったなあ、と思う。
ああ――ヴェンニ。
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