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もしも、これがただの呪いだったら。生まれてから何度も繰り返されている、呪詛の言葉を保証するだけのものだったら。あの青年の言うことが嘘っぱちだったとしたら。――そう、保証はひとつもないのだ。彼の周囲にいる、あの大きな兎と雨雲が、オルシアの目に『見えている』ということ以外は。オルシア自身の魔法を、オルシアは見ることができない。
心の中を真黒の影に呑み込まれたかのような絶望感がオルシアを襲ったが、その衝撃は長持ちしなかった。より鮮烈で新しい事件が、容赦なくオルシアの家の戸を叩いたのだ――
窓の向こうが一瞬、光に満たされた。
驚いて、オルシアは窓枠にすがる。遠く彼方に、渦巻く黒々しい雲が見えた。
オルシアは最初、それを魔術士の気脈だと思った。雲はあまりに唐突に現れたし、なにより現実離れした禍々しさをまとっていた。もし、あれが誰かの気脈であるというなら、その人には会いたくない。そう思ってしまうような、暗雲。
遅れて、音が届いた。
――轟。
それは嵐の産声だった。
遠く――まだ今は、遠くのほうから聞こえる雷鳴。
はっと、オルシアは気づいた。嵐が来るのだ。外にあるちょっとした植木鉢を、家のなかへ入れなければ。転がって舞い上がり窓にでも当たったら大変だ。
扉へ急ぎ、外へ出た。
暗雲――決して、あの青年の気脈ではない。本物の雷雲が、たしかに近づいてきていた。
オルシアの家は、病院と併設されている都合上、村の中央にある大きな広場に面していた。それで、広場にいる沢山の人々が、突然の嵐に対して不審げな瞳を向けているのが見て取れた。
父が背後で舌打ちをするのが聞こえた。病院の方から出てきたのだろう。嵐が来るなんて聞いてなかったから、村民はみな外にいる。羊や馬を舎に戻すにも、時間がかかる。あの雨脚の速さでは、怪我人が確実に出る。
「お父さん」
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